Hot Issues of Skills Development

本ページでは、スキルディベロプメントに関する先行研究などをまとめて記事にして紹介しています

SKY[Skills and Knowledge for Youth] ホーム Hot Issues of Skills Development

  • 人材育成訓練と技能アセスメント 学習デザインとしてのゲーム

    2021.08.24

    参加型の学習は、学習者の積極的な学びを促進するアプローチとして注目されています。積極的な参加を促すためには、学習の方法が、学習者にとって魅力的であることが必要となります。ゲームを用いた学習は、学習者が、楽しみながら学ぶ機会を提供するとして注目されています。ゲームを通じた学びは、大きく分けて、①特定の知識獲得のためにゲーム要素を入れる型と、②ゲームを通じて問題の構造を学ぶ型が存在します。 ①特定の知識獲得のためにゲーム要素を入れる型は、早押しクイズのような形式で、ゲーム感覚で特定の知識を獲得するもので、ある特定の知識獲得を目的としたゲームを指します。学習のためのゲームは、クイズのように、知識を知っているかどうかで勝敗を分けるルールが想定されますが、勝敗に知識は問われなくても、三国志を題材にしたゲームから、地名・人名・出来事を覚え、歴史に興味を持つなど、ゲームのコンテクストから自然と知識を身につけるということも確認されています(笹尾、1999)。ゲームのコンテクストによる知識獲得を狙う取り組みとして、社会科地理教育において、日本の各地域・駅と特産品を用いたすごろくゲームである「桃太郎電鉄」を応用したゲーム教材を開発する取り組みも報告されています(阿部ら、2020)。 もう一方の、②ゲームを通じて問題の構造を学ぶ型は、特定の知識を学ぶというよりも、ゲームを遂行していく中で、戦略を立て、問題の解決にむけてゲーム全体の構造を学んでいくゲームを指します。RPGが典型的な例で、ストーリーを進めていくために、ゲーム内の課題解決に向けて、プレイヤーは模索し、学習していきます。この型を社会問題に応用した取り組みとして、World Food Program (WFP)はコナミと共同で2005年にFood Forceというゲームを開発しました(2009年にFood Force2も開発)。このゲームでは、プレイヤーが食糧を確保、緊急事態に対応、物資輸送を戦略的に行うことで、世界中の飢餓地域に食糧を届けるゲームとなっています。このゲームを通じて、問題解決に有効な戦略や、阻害要因を学ぶことを想定しています。 ゲームで学習していくことは、現実と離れた自由空間の側面である点も注目されています。Meyer & Stiehl (2006)は、ゲームの自由空間を肯定的に捉えています。自由空間であるため、プレイヤーたちは、実際の現場では失敗を恐れて遂行できない行動や、戦略を、ゲームにおいては積極的に学べる点を指摘しています。一方、自由空間の否定的側面として、現実離れしすぎる点、単なる遊びではない点があげられ、現実とゲームの距離感を保つことがゲームデザインに求められているとGreenblat (1988) は指摘しています。 学習デザインとしてゲームは、子どもの学習のみならず、先述のFood Forceのような国際課題など、大人も学べる内容にも活用することができます。この点は、企業内研修などに応用された、職場における知識の習得に対しても注目されています(中原ら、2006)。産業能率大学は、どのような企業に対しても、汎用的な企業内研修を円滑に行うシュミレーションゲームを提供しています。また、イタリアンファミリーレストランのサイゼリヤは、店舗経営を学ぶためのボードゲームを開発し、企業に特化した知識を獲得する方法にもゲームが活用されています。Thiagarajan (2018)は、対話によるゲームを通じて協調性を育むための具体的な方策を提示しています。彼をはじめ、対話やグループによるゲームは、ゲームを遂行することで、非認知スキルをいかに育むかに焦点を当てており、今後も注目されることが見込まれます。   参考文献 阿部孝哉・河本大地・森口洋一 (2020) 「中学校社会化地理学習への嫌厭傾向の緩和を目的とした教材「九州クイズツアー」の開発とその実践 ─ゲーム「桃太郎電鉄」に着想を得て─」『奈良教育大学紀要. 人文・社会科学』69 (1), 73-85. Greenblat, C. S. (1988) Designing games and simulation: A illustrated handbook. Sage Publications. Meyer, T. & Stiehl, S. (2006) 「教育におけるゲーム利用の可能性」『シミュレーション&ゲームング』, 16(2), 83-91. 中原淳・荒木順子・北村士郎・長岡健・橋本諭(2006)『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社. 笹尾省二 (1999) 「主体性の育成と社会化教育」『広島修大論集』39 (2), 307-324. Thiagarajan, S.続きを読む

  • これからの労働市場で求められるスキルと労働者 仕事の意義と報酬

    2021.08.03

    仕事の場においてエンゲージメントやモチベーションの重要性が従業員のパフォーマンスや組織環境、企業レベルの生産性と関連付けて多くの論文で示されています(Ovidiu 2013, Bawa & Bawa 2017)。これに関連して、エンゲージメントやモチベーションを上げるためには、何が重要かといったことも多くの経営関係の論文やブログで取り上げられています。 例えば、Terkelは職場でのモチベーションを高める上で、金銭的報酬のみならず「仕事の意義」が重要であると述べています(1974)。また、Shawnらの調査によると、10人中9人は、お給料が減ったとしてもより意義のある仕事につきたいと思っていることが分かっています。更に常に意義を感じられる仕事に就くことができるなら、平均で生涯賃金の23%と交換してもよいという回答があったとも言っています。 行動経済学で有名なArielyが行った実験でも、人は報酬よりも意義を重要視していることが分かっています。被験者は自分の成果を確認してもらえない・もしくは自分の成果を無にされる場合、たとえ報酬をもらえてもそれ以上その仕事をやりたがらないことが確認されました。また、日本の人材会社であるエン・ジャパンが2019年に行った調査では、ベーシックインカムにより最低限の収入が保証されていても、働き続けると答えた人は89%に上るとされています。 これは、Terkelが述べていたように金銭的報酬のみならず仕事の意義が重要であるという時代から、金銭的報酬も大事だがむしろ仕事の「意義」がより重要になってきていることを示しているのではないでしょうか。これらの論文は、先進国の労働者を対象としておりますが、金銭的報酬よりも労働環境や仕事への意義を求める傾向は、途上国においても見られます。 Maloney (2004)はラテンアメリカのインフォーマル・セクターの労働者についての研究を行い、これまでのインフォーマル・セクターへの認識は、経済的に脆弱で、十分な技能がなく、フォーマル・セクターからこぼれ落ちでしたが、その認識は一面的であると指摘しました。誰かに決められた賃労働に従事するのではなく、自身が仕事としてやりたいことを実現させるための手段として、収入の安定したフォーマル企業を退き、インフォーマル・セクターを選択する労働者も中には存在していると、彼の研究で報告されています。また、歴史的・地域的な背景からフォーマル・セクターではなく、インフォーマル・セクターを選ぶナイジェリアの都市労働者を、Meagher (2013)は描いています。このように、途上国においても、賃金の安定した労働環境ではなく、自らの嗜好する労働内容や環境を選びとる研究が報告されていることから、労働者個人にとっての仕事の意義を考えることは重要であるといえます。   References Ovidiu Iliuta Dobre, 2013. “Employee motivation and organizational performance,” Review of Applied Socio-Economic Research, Pro Global Science Association, vol. 5(1), pages 53-60, June. Bawa, M & Bawa, Muhammad, 2017. “Employee Motivation and Productivity: A Review Of Literature And Implications For Management Practice,”続きを読む

  • これからの労働市場で求められるスキルと労働者 認知能力と非認知能力があれば十分?

    2021.07.07

    近年、認知能力のみならず非認知能力の重要性が幅広く取りざたされるようになりました。これらの2つの能力が人生の様々な側面で個人の人生に影響を与え形づけることは多くの文献で実証されています(Heckman & Rubinstein, 2001; Duckworth, et al., 2007) 日本生涯学習総合研究所によると、非認知能力には、問題解決力や批判的思考力などの能力的要素と、協調性、コミュニケーション力、実行力などの性格・資質的要素、そして倫理観や規範意識などの価値観的要素に分離できると言われています。これら要素の中の個々の能力は、幼児期からの基礎力が鍛えられて少しずつ育まれ、個人が成長していく中で少しずつ発展していき、様々な能力として示されるとされています(2018)。 一般的には、これらの能力は文脈が変わってもある程度一貫していると考えられており、それ故様々な計測ツール(質問紙)が開発されてきています。確かに、個人の性格や考え方はどのような場面でもある程度同じ傾向がみられると思いますが、一方場面によってかなり異なる影響がみられるものもあります。 例えば個人の興味関心、モチベーション、やる気、欲求などはその対象とするものや場面によって大きく異なると考えられます。これらは、非認知能力と言っていいのでしょうか。例えばモチベーションなどは、英語でSelf-motivation skills等と言って、自らその状況において自身のモチベーションを上げる能力などが議論されています。しかし、これらは能力というよりももう少し根本的なものであるような感じがします。 そして、それ故これらの興味関心、モチベーション、やる気、欲求は元々持っている個人の能力や技能に短期的にも長期的にも影響を与えていると考えられます。ここで、短期的とは、例えば、ある業務において、仮に能力が全く同じ従業員でも興味関心の度合いによりそのパフォーマンスが異なってくるといった状況で、長期的にとは興味関心がある分野においては、より努力してそれらを学ぼうとするため、その分野に興味がない人よりもその分野に関連する能力が高くなるという意味です。 このように考えると、非認知能力や認知能力のみを単体でモデルに入れて個人のパフォーマンスを計測するのは不十分であるように感じます。先ほど述べた興味関心やモチベーションがその場面での個人の能力の出し方に影響を与えるため、分析にはこのような文脈依存特性との交互作用を含める必要もあるのではないでしょうか。     (Reference) Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101. https://doi.org/10.1037/0022-3514.92.6.1087 Heckman, James & Rubinstein, Yona. (2001). The Importance of Noncognitive Skills:続きを読む

  • これからの労働市場で求められるスキルと労働者 暗黙知の共有による組織の知識創造

    2021.06.22

    暗黙知とは、経験によって獲得された、明示的に言葉で表現できない知識を指します。「人は語ることができるより多くのことを知ることができる」と指摘したハンガリーの哲学者のマイケル・ポランニーがこの概念を提唱しました。「ある人の顔を知っており、その顔を他の顔と区別して認知することができるが、その区別をどのように行なっているのかを語ることが出来ない」という認知能力や、泳ぎ方や自転車の漕ぎ方といった実践を通じることで獲得できる身体化された知識を指します。 暗黙知は、伝達可能な客観的で言語的な知識である形式知とよく対比されます。スタンバーグら(1992)は教えられる形式知だけでなく、暗黙知の形成が企業運営の効率化において重要な位置を占める点を指摘しています。企業内において、暗黙知が重要視されることから、暗黙知を活用する組織モデルが注目されます。特に効果的な組織経営アプローチとして暗黙知の形式知化を志向するSECIモデルが挙げられます (下図参照)。 このモデルは、Nonaka & Takeuchi (1995) が提唱した、ナレッジ・マネジメントの枠組みです。個人が持つ暗黙的な知識(暗黙知)は、経験を共有することで暗黙知を移転する「共同化」(Socialization)、暗黙知を言葉に表現して形式知とする「表出化」(Externalization)、個別の形式知を体系的な形式知へと創造する「連結化」(Combination)、形式知を自らのノウハウとして暗黙知の体得をする「内面化」(Internalization)という4つの変換プロセスを経ることで、集団や組織内で知識創造されていくと考えます。ポランニーも2人の人間がいるときに、一方が相手の生み出した知識をある程度体得できることを「dwell-in(潜入)」という言葉を用いて説いている(Polanyi 1966)。 野中・梅本(2001)では、SECIモデルの成功例をいくつか挙げています。一つの事例である、富士ゼロックスは、「全員設計」というコンセプトに基づき、SECIモデルの実践に取り組みました。まず、各工程の設計者と技術者が現場でのノウハウを獲得するために、互いの現場を訪問し合います(共同化)。そして、オンライン上の知識共有システムに自分たちの体験知や設計ノウハウといった現場知をインプットし(表出化)、その中で優れたものを特定し、形式知化された設計ノウハウを登録・共有します(連結化)。そして、この新しい体系的な形式知を、現場の状況に適応させながら、再び暗黙知として体得していきます(内面化)。この取り組みによって、最終段階での設計変更という課題を解決しました。 SECIモデルによる暗黙知から形式知への共有化と、ポランニーの「dwell-in」による暗黙知の転移において重要な点として、場の共有を指摘しています(野中・梅本 2001)。同じ場を長い時間共有することが暗黙知の共有においては必要条件となっており、離れた人の暗黙知の転移は困難であると言われています。この点は、現在の新型コロナウイルス蔓延によって改めて考えることが強いられています。感染拡大に伴い、場の共有が困難となった現在、リモートワークが広く普及されました。技術革新によって新しい労働形態が実現できた一方で、労働者が互いに離れたことで、今まで共有できた暗黙知が伝達困難となっています。さらに、リモートワークによる新たな労働形態の中で、その環境に対する暗黙知が新たに生成されている点も重要です。労働形態が変容し、しばらく時間が経過した現在、デジタル化へ適応したことに満足するのみならず、それに伴い変容した暗黙知を捉える新たな組織の知識創造アプローチを考察することも必要であると言えます。   References Nonaka, I. and Takeuchi, H. (1995). The knowledge-creating company. New York, Oxford: Oxford University Press. Polanyi, M. (1966) The tacit dimension. London: Routledge & Kegan Paul. Sternberg, R. J. & Wagner, R. K. (1992) Tacit knowledge: An unspoken key to managerial success.続きを読む

  • 人材育成訓練と技能アセスメント 構成主義に基づく学習と評価

    2021.05.26

    近年の学習論において、構成主義的アプローチが注目されています。従来の行動主義に基づく教育評価論は、刺激−反応の結合を強化することによって知識を蓄積し、より高次の複雑な知識を獲得する「ブロック積み学習モデル」であるとギップス(2001)は指摘しています。この知識観において問題とされたのが、「どのように学んでいるのか」の視点であり、知識獲得に関連する認知過程や文脈を捨象していることでした。それに対し、構成主義に基づく知識観は、脱文脈化して知識を教えるのではなく、知識は個人を取り巻く環境と密接な関係であり、社会での相互行為によって知識が構成されるという考えです。 構成主義による学習観は、ピアジェやヴィゴツキー、デューイの思想に基づいた学習観であり、個々の思想から細かく議論が展開されています。そのため、包括的に構成主義の定義をすることには留保が必要ですが、久保田(2000)は構成主義的学習観の共通認識として、①学習の能動性、②知識の状況依存性、③学習の相互作用性をあげています。 構成主義に基づいた学習は、その性質上、教育評価において、学習過程は学習者個人の文脈に依存することから、従来の選択肢形式や暗記に基づく試験では、学習成果を十分に測れず、別の評価手法が模索されています。現在、アクティブラーニングで実施されているポートフォリオ評価や、ルーブリック評価はこの流れに依拠しています。 ポートフォリオ評価とは、学習者が学習過程で残したレポートや試験用紙、活動の様子を残した動画や写真などを残しておき、それらを基に評価する手法です。科目テストのような結果のみでは捉えきれない個人の能力を評価する方法として、使用されています。ルーブリック評価とは、学習活動における具体的な到達目標と、その達成基準の一覧を整理した表を用いて評価する手法のことです。具体的な基準と段階が一覧にされた表から、自らの段階を学習者が振り返りながら学ぶことのできるアプローチとして使用されています。これらの評価手法は、テストの結果のみでなく学習過程を明確に示すことで、学習者がどのように学んでいるのかを捉えることに寄与すると考えられています。 一方で、構成主義的な学習の評価は依然として課題が残っています。 ①、自己評価のみであった場合、評価の信憑性 構成主義における知識の構成は、個人が周囲の状況との相互行為によってなされます。その性質上、知識は文脈依存した個人の主観的な認識において存在し、客観的な判断を下すことが困難であります。そのことから、自己評価の手法が採用されますが、それらはどれほど信憑性があるのか考えていく必要があります(→「自己評価VS他者評価」記事参照)。 ②、評価に際して学習者および教育者の負担の増大 先述のポートフォリオ評価およびルーブリック評価は、それぞれ実証研究や試行錯誤を重ねて構成主義的学習の評価手法として可能性が指摘されています(吉川・植野 2010:松下 2014)。一方で、共通の課題として、評価のために生徒や教育者へ負担を課してしまう点が挙げられています。ポートフォリオ評価は、評価方法として注目されていますが、実施レベルでは、導入コストや学習者と教育者へ負担をかける点から取り組みが困難であったことが指摘されています(Afrianto 2017)。ルーブリック評価は、妥当性と信憑性を担保した評価表の作成にあたり、教育者の労力と時間がかかる点が指摘されています(松下ほか 2013)。 日本では、 2022年度より高等学校学習指導要領に「探究学習」がキーワードとなっています。探究学習は、生徒個人の問題意識から出発し、その問題を自らで調べていくことを育む教育アプローチです。科目テストのみならず、生徒の学習意欲や非認知的能力を育むことを視野に入れていることから、構成主義的学習観への注目を今後さらに後押ししていくことが予想されています。   参考文献 Afrianto, A. (2017) Challenges of Using Portfolio Assessment as an Alternative Assessment Method for Teaching English in Indonesian Schools. International Journal of Educational Best Practices (IJEBP). Vol. 1 No. 2. pp. 106-114 ギップス, V. C. (2001) 『新しい評価を求めて テスト教育の終罵』鈴木秀幸訳, 論創社. 久保田賢一(2000)『構成主義パラダイムと学習環境デザイン』関西大学出版部.続きを読む

  • 人材育成訓練と技能アセスメント 実証研究における効果を正しく測定するためには

    2021.05.11

    近年、開発現場ではランダム化比較試験(RCT)を使用して、その介入効果を正しく図ろうという動きが強まってきています。ランダム化比較試験については、以前少し記事にしましたが、介入の効果を見るためには前後比較が欠かせません。では、その前後比較を行う際にどのようなことに気を付ける必要があるでしょうか。 結果に影響を与え得る有名なものとしてホーソン効果があります。ホーソン効果は1920年代後半に労働者の生産性を上げる方法を調べる際に発見された事象で、ここでは労働環境が悪くなったにも関わらず労働者の生産性が上っていました。これは、労働者の「見られている」という意識から、モチベーションないしは相手の期待に沿うという労働者の心の持ち方に影響を与え、結果として労働環境に関わらず生産性が上ったとされました(大橋、竹林, 2008)。ホーソン効果はRCTに限られたものではなく一般的なグループ比較や前後比較でみられる現象です。 次に不満、もしくはモチベーションの低下による影響というものがあります。例えば、RCTで訓練を受けるグループと訓練を受けないグループに参加者を分けた場合、訓練を受けないグループに割り当てられた参加者はそれを不満に感じ、もしくはモチベーションが低下しその後の生産性が下がるということがあります。これは、モチベーションが生産性に寄与すると多くの論文で示されていることも鑑みると、RCTで介入を行う場合には必ず考慮しなければならない要因であると思われます。 また、RCTでは波及効果も考慮する必要があります。必ずしも、介入を受けていなくても介入を受けた人による情報共有や技術移転など、介入を受けた人以外が介入の効果を享受できる場合があります。この場合に、単純に介入群と統制群を比べても介入の効果は実際よりも希釈されて示される可能性があります。一方、介入群に入っているにもかかわらず介入に参加しないなどで、介入の効果が正しく反映されないこともあります(ÖZLER, 2016)。 しかしながら、介入群に入っているにもかかわらず介入を受けなかった人たちについては、解析から除外するのではなく介入群に入れて解析を行う必要があります。これはIntention to treat analysis (ITT)解析と呼ばれるもので(Gupta, 2011)、参加者をランダム割付した後は、たとえ参加者が別の群に入ろうが、介入から外れようが、解析には元の群のままで取り込む必要があるというものです。これは、介入から外れる参加者や統制群から介入に入り込む参加者は、おそらく同じ群に留まる参加者とは異なった性質を有しており、彼らを除外することにより、ランダムに割り付けたことが台無しになってしまい、バイアスに繋がるからです。 このように、介入の効果を正しく図るためには、様々な意図しない要因を事前に考慮しておく必要があります。これらを考慮せずに解析を行っても、真の正しい効果は得ることは難しいと考えられます。   Gupta S. K. (2011). Intention-to-treat concept: A review. Perspectives in clinical research, 2(3), 109–112. https://doi.org/10.4103/2229-3485.83221 ÖZLER B (2016) Definitions in RCTs with interference. World Bank Blogs. https://blogs.worldbank.org/impactevaluations/definitions-rcts-interference, (2021-05-10) 大橋昭一、竹林浩志『ホーソン実験の研究』同文館出版、2008年

  • これからの労働市場で求められるスキルと労働者 生涯学習を通じたスキル形成とその課題

    2021.04.27

    技術革新や社会の変化によって日々労働形態や必要とされるスキルが変化していく中で、その時々に適応した人材となるために、生涯学習が重要な役割を果たします。年齢に関係なく、必要とされる技能を再度学びなおしたり、新たに必要な技能を学び始めたりすることで、労働市場に参入する個人にとってキャリアアップやキャリアチェンジに寄与します。  企業の人事についても、新たに労働者を雇用するのみならず、既にいる労働者に学びの機会を与え、時代に適応させる人材に育成することは、変化が目まぐるしい社会の中で組織が発展していくために重要であると指摘されています(Field and Canning, 2014)。現在の新型コロナウイルス蔓延により、リモートワークなど今までとは違う働き方を強いられた世界の労働者は、新たな労働環境に柔軟な対応をするために必要な情報リテラシーやスキル、代替的なアイデアなどを学び続ける重要性が露呈しています。  生涯学習は、学校教育の機会を逃した人々に再び学びの機会を与えたり、新たな知識の学びなおしたりと認知能力の育成の場を提供することが意義としてまず挙げられます。また、近年では認知能力のみならず、対人スキルや個人の自己コントロールというような非認知能力との関係も注目されています。非認知能力は、2000年にノーベル経済学賞を受賞したヘックマンの研究を皮切りに注目され、その後マシュマロテストが話題になるなど、非認知能力の育成は幼児教育との関連が議論の中心となっていました。幼児期での育成は重要ですが、非認知能力の可鍛性は大人になってからも有効であることも指摘されています(参照:非認知能力は大人になっても鍛えることができるのか)。その点から、非認知能力の育成においても生涯学習は育成の場の提供に寄与します(Brunello & Schlotter 2011)。  一方で、生涯学習の課題も機会の平等の観点から指摘されています。Esping-Andersen (1990)は学びなおしの再訓練において、学習者の元から備わっている認知能力によって習得速度に差が生じていることを指摘しています。元々教育を十分に受けて認知能力のある人は少ない時間とコストで新たなスキルを習得できるのに対し、そうでない人は、習得に長い時間を費やしていることからさらに格差を拡大させる恐れがある点も指摘されています(Esping-Andersen 1990)。また、途上国においてはネット環境の不均衡や情報リテラシーの格差の問題とも絡まり合い、ICTによる生涯学習が必ずしも平等な教育機会を提供していないという指摘もされています(Lembani et al 2019)。このように、生涯学習は学び直しによる学習機会の平等な提供をする一方、学び直しの場に参入する人々のスタートラインが異なる点において課題が残っています。 (山崎裕次郎)   Esping-Andersen, G. (1990) The Three Worlds of Welfare Capitalism. Polity Brunello, Giorgio; Schlotter, Martin (2011) : Non cognitive skills and personality traits: Labour market relevance and their development in education & training systems, IZA Discussion Papers, No. 5743,続きを読む

  • これからの労働市場で求められるスキルと労働者 テクノロジーと向き合うための人材育成

    2021.04.07

    世界どこでもすぐに繋がり会話が楽しめたり、診療や手術といった緻密な作業も機械で行えるようになったり、テクノロジーは日々可能性を広げています。その中、外山健太郎(2015=2016)は『テクノロジーは貧困を救わない』という書籍において、その書名の通り、途上国へのテクノロジーの導入が次々に実施されることに対して一石を投じています。 今までにもテクノロジーの導入は必ずしも貧困削減には役に立たず、むしろ格差を広げかねないと指摘されていました(Economist 2005)。外山も本書で、ただ貧しい人々にラップトップを配布や、ネット環境を整備するだけでは、期待した効果は表れないと言います。テクノロジーは万能薬ではなく、あくまでも個人の元々持つ能力を増幅するためのツールにすぎないという「増幅の法則」を外山は指摘します。元から能力のある者の効果は増幅する一方、そうでない者は、ラップトップがあっても音楽や動画を流すために用いるのみで期待される効果が得られず、その結果、格差が拡大してしまいます。 外山はテクノロジーによる格差の増大という問題の打開策として人材育成を強調しています。特に重要な能力として、問題を見つけて解決する能力、最適な方法を選ぶための判断力、遂行し続けるための自制心であると指摘し、非認知的能力を重要視しています。テクノロジーの進歩に伴う非認知能力の重要性はWeinberger, (2014)やDeming (2015)においても同様の指摘がされています。AIなどの技術革新によって「10年後なくなる職業」を分析して話題を呼んだカール・フレイとミシェル・オズボーン(2013)も非認知能力は技術革新では代替できない点から重要性を指摘しています。 また、具体的な人材育成の手段として、外山はメンターシップに注目しています。メンターシップによる育成は、教育を強制せず、インセンティブによる自発性の操作もなく、個人の努力に対して寄り添いながら能力を構築させていくことで、個人の内面的成長を促すアプローチです。パッケージを与えて教え込むような人材育成ではない、寄り添い型の方法は、ロバート・カニーゲル(1986=2020)もノーベル賞科学者の輩出する師弟関係の秘訣として注目しています。身近な人が支えていくアプローチは研究室などの少数グループの人材育成において効果的な一方、規模が拡大すると、そのメンター配置に際する人事的コストの課題は依然として残りますが外山は特に解決策を言及していません。 メンター配置コストという方法面の課題はあるものの、非認知能力への視点と身近な支えによる人材育成は、途上国の技術導入のみならず、新型コロナウイルスが蔓延する現在の閉鎖的な状況にも示唆的です。教育や労働のリモート化が続く現在、非接触でも教育や就労にアクセスできるテクノロジーの恩恵を受けています。しかし、オンライン教育ツールやネット環境の整備のみではテクノロジーの「増幅の法則」の観点から、効果的な使用の為の能力構築を考える必要があります。テクノロジーと向き合う人材育成は、教育や生産性の格差を縮小するために世界全体で取り組むべき課題であるといえます。   参考文献 Deming, D. J. (2015) “The growing importance of social skills in the labor market”, NBER Working Paper 21473. Economist. (2005) The real digital divide. May 10, 2005. Frey, C. B. and M. A. Osborne (2013) “The future of employment: How substitutable are jobs to computerisation?”,続きを読む

  • これからの労働市場で求められるスキルと労働者 非認知能力は大人になっても鍛えることができるのか

    2021.03.23

    近年、非認知能力の重要性が強く説かれるようになってきていますが、この非認知能力とは鍛えることができるのでしょうか。一般的には、認知能力については年齢的な制限が存在するものの、非認知能力は成人後も鍛えることができると言われています。 例えばHeckman & Kautz(2014)らの論文では、性格特性は一生を通じて固定したものではなく、教育や育児、環境などにより向上させることができるとしています。また、非認知能力は、認知能力の発展に寄与するが、認知能力が非認知能力の発展に寄与することはないとも述べています。 Aguinis & Kraiger(2009)らは、過去の様々な文献から非認知能力の可鍛性についてレビューを行っています。著者らは、特にインターパーソナルスキル(チームワークやリーダーシップなど)とイントラパーソナルスキル(性格やモチベーションなど)に分けて、一つずつ検証を行いました。全体として、インターパーソナルスキルは、介入によって改善し得ると述べています。例えば、Gillespieら(2009)やBarth & Lannen(2011)は、介入によるコミュニケーションスキルの向上、Lacerenzaら(2017)はリーダーシップ訓練の効果、Kleinら(2019)のメタアナリシスでは、チームビルディングに関する介入により、プロセスやアウトカムにより大きな効果があったことを示しています。 一方、イントラパーソナルスキルについては、例えばBrecklin & Forde(2001)やKalinoskiら(2013)が職場での態度に関する介入を行い、反生産性行動に関する態度が減少したことを記述しています。そのほかモチベーションについては興味深い結果が示されており、Cameron & Pierce(1994)が、外的報酬が内的動機を減少させることはないと言っている一方、Deciら(1999)は、外的報酬は、実際のところ内的動機を減少させると言っており、一貫した見解がなされていないのが現状です。そのほか感情については、その感情の定義が広義か狭義かに関わらず、可搬性であるというのが一致した見解となっています。 可鍛性の大小はあるものの、年を取ってからも非認知能力は概して鍛えることができるというのは、労働市場に出てからの訓練効果の可能性、ひいては関連するアウトカムの向上に綱がると考えられます。また、企業もこのような非認知能力の重要性を理解し、近年多くの企業で、価値観やチームワーク、ロジカルシンキング、コミュニケーションの取り方などの様々な訓練が実施されるようになってきています。   参考文献 Aguinis, H., & Kraiger, K. (2009). Benefits of training and development for individuals and teams, organizations, and society. Annual Review of Psychology, 60, 451–474. https://doi.org/10.1146/annurev.psych.60.110707 Barth, J., & Lannen, P. (2011). Efficacy of communication skills training courses in oncology: A systematic review and meta‐analysis. Annals of Oncology, 22, 1030–1040. https://doi.org/10.1093/annonc/mdq441 Brecklin, L.続きを読む

  • アフリカ、アジアでの労働市場を取り巻く環境 内生的産業発展モデルと人材育成

    2021.03.02

    産業集積としての産業発展の過程は、各国で違いはあるものの、ある程度共通性を持つことを園部(2006)は「内生的産業発展モデル」として体系的にまとめました。このモデルでは、産業発展は①始発期、②量的拡大期、③質的向上期といった段階的な発展をすると説明しています。今回はこのモデルについて説明し、それぞれの段階において、どのような人材育成が効果的な産業発展を導くのかを考えていきます。 ①始発期における経験による学習  ある地域で新規の産業が始まる時、多くは外国など外から技術の輸入から始まります。海外の製品や機械を分解して構造を学んでいくリバース・エンジニアリングにより製品の製造のための構造を理解していきます。日本のオートバイもアメリカやドイツの製品のリバース・エンジニアリングによる徹底的な模倣から生まれたと言われています(大塚&園部、2004)。外からの製品の模倣の段階では、その製品製造に関する技能を有する人材が不足しており、試行錯誤をしながら技能を習得するような経験による学習が重要となってきます。また、製品製造にあたっての原材料の調達先、販売のための顧客創出といった製品製造に対する供給と需要を探していくことも必要とされています。そのため、学校教育のような体系的な知識よりも現場の製造に関する知識、情報が重要であります。 ②量的拡大期における特化した技能習得  始発期の製品が高利潤をもち、他の人々も模倣的に生産を行い始めると、派生現象として、同様の製品を模倣した同業者、ある部品の生産に特化した新たな企業が出現し始めます。このようなスピンオフ企業が増えると、部品生産に特化、販売に特化など企業間での分業が起き、各労働者はサーチや模倣、製造プロセスの全体を統括する必要がなくなることから、素人でも参入がしやすくなり、参入後に一つの労働に従事することから熟練労働者の数が増え、当該地域は人的資源が豊富になります。量的拡大の時期では、製品の生産数を当該地域で分業していくことから、現場全体を俯瞰する知識ではなく、ある一つの作業に特化した技能形成が重要となります。この時期においては職業訓練校によるある分野に特化した技能が効果的であるといえます。一方、量的拡大期では、生産数の増加に伴い、価格競争による価格低下、原材料の価格引き上げが起き、採算性が始発期に比べて取れなくなります。 ③質的向上期における専門的知識  価格競争により利潤が低くなり、大量生産をし、製品の質の低下を招くと、当該地域がAkerlof(1970)のいう「レモン市場」に直面します。レモンとはアメリカで欠陥のある中古車を呼ぶスラングであり、質の低い製品ばかり産出すると、顧客は「粗悪品を売りつけようとしているのではないか」と疑ってしまい、当該企業または地域の製品需要がなくなることを指します。このような問題を避けるべく、各企業は質の改善に取り組むのが、質的向上期です。この時期においては製品の質の向上のみならず、生産方法や組織構造、新たな市場開拓を含むSchumpeter (1912)のいう「革新」が必要となります。この時期には、製品の質向上に向けた熟練労働者のみならず、企業を俯瞰して多面的に新たな航路を見つける人材も必要となります。革新によって企業の質向上をする段階では、低級品を生産し続ける企業が淘汰され、量的拡大期に比べ当該地域の企業数が減少する例が先進国においてみられてきました(Klepper & Simons 2005)。質的向上期における重要な人材像は、技術や市場分析、組織構造についての専門的な知見の全体像を理解して実践する者であり、高水準の教育を受けた人になります。  このように、始発期においては、現場における技能の重要性が指摘され、学校などの教育機関で学ぶ知識に関する重要性があまり指摘されないですが、量的拡大期における必要とされる技能が明確になる時期においては、特化した能力を持つことが重要であることから、職業訓練校における学習も重視されます。そして質的向上期においては、専門知識を咀嚼して俯瞰的に企業をみていくことが注力されていることから、高等教育を受けた人材の重要性が指摘されています。最後の段階においては現場における技能ではなく、脱文脈化された知識が必要とされることから、高等教育を受けた人材が注目されますが、高等教育という学歴に偏重する議論になりがちであり、実際に何を学んだのかという中身について深める必要があることは、日本を含む世界各国が直面する今後の問いであるといえます。 References Akerlof, G. A. (1970) “The Market for ‘Lemons’: Quality Uncertainty and the Market Mecanism,” Quaeterly Journal of Economics84 (3) pp. 488-500. Klepper, S. and K. L. Simons (2005) “Industry Shakeouts and Technological Change,” International Journal of Industrial Organization 23 (1) pp. 23-43.続きを読む