熟練していく過程とはどのようなものか 山崎裕次郎
学習や練習を経験的に続けていくことで、高い技能を獲得していくことを熟達すると言います。熟練するためには、Ericsson (2001)が、「10年ルール」と呼んでいるように、10年近い経験を要します。熟練化は仕事のみならず、スポーツや楽器、趣味の世界でもよくアマチュアやプロといった言葉と共に使われています。「熟達した人」は、早く的確に物事を遂行できる人材であることはイメージできますが、どのようにして私たちはある事や仕事を熟達していくのでしょうか。なにかを熟達化する過程はいかなるものであるのかは、今までに数多く研究が蓄積されています。
熟達における知識・スキルの獲得プロセスを示したのが、Anderson (1990)です。Anderson (1990)は、3段階に熟達化のプロセスを分けました。知識やスキルをまずひな形通りに受け入れていく認知的段階(Cognitive stage)、次にエラーをなくしていくために自らの知識や技能を調整する中級者段階 (Associative stage)、最後に、そうした知識やスキルを繰り返し活用することで、自動化・高速化させてよりスムーズな処理が可能になる自動化段階 (Autonomous stage)へと移り、熟達していきます。
また、「熟達化」そのものもさらに細分化されており、波多野(2001)は、熟達を細分化し、三段階に分けています。第一段階は、定型的熟達(Routine Expertise)です。経験を通じて知識を蓄積して、ルーティンとして正確に自動化されるスキルによって仕事を遂行する熟達化を指します (Baroody 2003)。第二段階は、適応的熟達です。先ほどの定型的熟達によって蓄積された知識やスキルをもちいて、単に仕事を定型的に正確に遂行するだけでなく、状況に応じて効率的な方法を柔軟に適用していく熟練の仕方を指します (Herbert & Lefevre, 1986)。この段階では自らの状況を俯瞰して行為を遂行するようなメタ認知能力を有しています(波多野、2001)。第三段階は創造的熟達(Creative Expertise)です。先ほどまでの熟達化は、自らの状況を再帰的に考えて適応する柔軟な熟練を示していましたが、創造的熟達化では、「課題」を自ら設定してアイデアを形にするように知識・技能を熟達化していきます(岡田、2005)。
これらの熟達化のプロセスは、スポーツや趣味の世界、身体的なスキルが大きな役割を占める仕事で特に注目されていましたが、個人の身体的な知識・技能にとどまらず、企業の組織的な人材育成としても研究されています。楠見(2014)は、ホワイトカラーの労働者の熟練プロセスを分析しており、個人の熟達化を促す役職管理をはじめとする組織運営と、組織を変革する熟練する個人を描いています。この点は、野中(1996)の知的創造の組織論とも接合しています。また、熟達化の副次的効果として、熟達した成功体験から自己効力感を高めていくように、さらなる学習を動機づける要因ともなっていき、学びが続いていくプロセスも研究されています(岡田、2005)。
参考文献
- Anderson, J. R. (1990) Cognitive Psychology and its Implications (3rd ed.), Freeman.
- Baroody, A. J. (2003). The development of adaptive expertise and flexibility: The integration of conceptual and procedural knowledge. In A. J. Baroody & A. Dowker (Eds.), The development of arithmetic concepts and skills: Constructing adaptive expertise (pp. 1–33). Lawrence Erlbaum Associates Publishers.
- Ericsson, K. A. (2001) Expertise In R. A. Wilson and F.C. Keil (Eds.) The MIT encyclopedia of the cognitive sciences. Cambridge, MA The MIT Press.
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Hiebert, J., and Lefevre, P. (1986). Conceptual and procedural knowledge in mathematics: An introductory analysis. In J. Hiebert (Eds.), Conceptual and procedural knowledge: The case of mathematics (pp. 1-27). Hillsdale, NJ: Erlbaum.
- Matsuo, M. (2005). The role of internal competition in knowledge creation: An empirical study in Japanese firms. Bern: Peter Lang.
- 岡田猛(2005)「心理学が創造的であるために:創造的領域における熟達者の育成」 下山晴彦(編)『心理学論の新しいかたち』, 誠心書房, pp.235-262.
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楠見孝 (2014) 「ホワイトカラーの熟達化を支える実践知の獲得」『組織科学』48 (2) 6-15.
波多野誼余夫 (2001). 「適応的熟達化の理論をめざして」 『教育心理学年報』,40,45-47.