生涯学習を通じたスキル形成とその課題 山崎裕次郎
技術革新や社会の変化によって日々労働形態や必要とされるスキルが変化していく中で、その時々に適応した人材となるために、生涯学習が重要な役割を果たします。年齢に関係なく、必要とされる技能を再度学びなおしたり、新たに必要な技能を学び始めたりすることで、労働市場に参入する個人にとってキャリアアップやキャリアチェンジに寄与します。
企業の人事についても、新たに労働者を雇用するのみならず、既にいる労働者に学びの機会を与え、時代に適応させる人材に育成することは、変化が目まぐるしい社会の中で組織が発展していくために重要であると指摘されています(Field and Canning, 2014)。現在の新型コロナウイルス蔓延により、リモートワークなど今までとは違う働き方を強いられた世界の労働者は、新たな労働環境に柔軟な対応をするために必要な情報リテラシーやスキル、代替的なアイデアなどを学び続ける重要性が露呈しています。
生涯学習は、学校教育の機会を逃した人々に再び学びの機会を与えたり、新たな知識の学びなおしたりと認知能力の育成の場を提供することが意義としてまず挙げられます。また、近年では認知能力のみならず、対人スキルや個人の自己コントロールというような非認知能力との関係も注目されています。非認知能力は、2000年にノーベル経済学賞を受賞したヘックマンの研究を皮切りに注目され、その後マシュマロテストが話題になるなど、非認知能力の育成は幼児教育との関連が議論の中心となっていました。幼児期での育成は重要ですが、非認知能力の可鍛性は大人になってからも有効であることも指摘されています(参照:非認知能力は大人になっても鍛えることができるのか)。その点から、非認知能力の育成においても生涯学習は育成の場の提供に寄与します(Brunello & Schlotter 2011)。
一方で、生涯学習の課題も機会の平等の観点から指摘されています。Esping-Andersen (1990)は学びなおしの再訓練において、学習者の元から備わっている認知能力によって習得速度に差が生じていることを指摘しています。元々教育を十分に受けて認知能力のある人は少ない時間とコストで新たなスキルを習得できるのに対し、そうでない人は、習得に長い時間を費やしていることからさらに格差を拡大させる恐れがある点も指摘されています(Esping-Andersen 1990)。また、途上国においてはネット環境の不均衡や情報リテラシーの格差の問題とも絡まり合い、ICTによる生涯学習が必ずしも平等な教育機会を提供していないという指摘もされています(Lembani et al 2019)。このように、生涯学習は学び直しによる学習機会の平等な提供をする一方、学び直しの場に参入する人々のスタートラインが異なる点において課題が残っています。
(山崎裕次郎)
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Esping-Andersen, G. (1990) The Three Worlds of Welfare Capitalism. Polity
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Brunello, Giorgio; Schlotter, Martin (2011) : Non cognitive skills and personality traits: Labour market relevance and their development in education & training systems, IZA Discussion Papers, No. 5743, Institute for the Study of Labor (IZA), Bonn,
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Field and Canning (2014)Lifelong learning and employers: reskilling older workers. Sarah Harper and Kate Hamblin (editors)International Handbook on Ageing and Public Policy, Edgar Elgar, Cheltenham, pp. 463-73.
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Lembani, R., Gunter, A., Breines, M. and Dalu, M, T. B. (2019). The same course, different access: the digital divide between urban and rural distance education students in South Africa. Journal of Geography in Higher Education