テクノロジーと向き合うための人材育成 山崎裕次郎
世界どこでもすぐに繋がり会話が楽しめたり、診療や手術といった緻密な作業も機械で行えるようになったり、テクノロジーは日々可能性を広げています。その中、外山健太郎(2015=2016)は『テクノロジーは貧困を救わない』という書籍において、その書名の通り、途上国へのテクノロジーの導入が次々に実施されることに対して一石を投じています。
今までにもテクノロジーの導入は必ずしも貧困削減には役に立たず、むしろ格差を広げかねないと指摘されていました(Economist 2005)。外山も本書で、ただ貧しい人々にラップトップを配布や、ネット環境を整備するだけでは、期待した効果は表れないと言います。テクノロジーは万能薬ではなく、あくまでも個人の元々持つ能力を増幅するためのツールにすぎないという「増幅の法則」を外山は指摘します。元から能力のある者の効果は増幅する一方、そうでない者は、ラップトップがあっても音楽や動画を流すために用いるのみで期待される効果が得られず、その結果、格差が拡大してしまいます。
外山はテクノロジーによる格差の増大という問題の打開策として人材育成を強調しています。特に重要な能力として、問題を見つけて解決する能力、最適な方法を選ぶための判断力、遂行し続けるための自制心であると指摘し、非認知的能力を重要視しています。テクノロジーの進歩に伴う非認知能力の重要性はWeinberger, (2014)やDeming (2015)においても同様の指摘がされています。AIなどの技術革新によって「10年後なくなる職業」を分析して話題を呼んだカール・フレイとミシェル・オズボーン(2013)も非認知能力は技術革新では代替できない点から重要性を指摘しています。
また、具体的な人材育成の手段として、外山はメンターシップに注目しています。メンターシップによる育成は、教育を強制せず、インセンティブによる自発性の操作もなく、個人の努力に対して寄り添いながら能力を構築させていくことで、個人の内面的成長を促すアプローチです。パッケージを与えて教え込むような人材育成ではない、寄り添い型の方法は、ロバート・カニーゲル(1986=2020)もノーベル賞科学者の輩出する師弟関係の秘訣として注目しています。身近な人が支えていくアプローチは研究室などの少数グループの人材育成において効果的な一方、規模が拡大すると、そのメンター配置に際する人事的コストの課題は依然として残りますが外山は特に解決策を言及していません。
メンター配置コストという方法面の課題はあるものの、非認知能力への視点と身近な支えによる人材育成は、途上国の技術導入のみならず、新型コロナウイルスが蔓延する現在の閉鎖的な状況にも示唆的です。教育や労働のリモート化が続く現在、非接触でも教育や就労にアクセスできるテクノロジーの恩恵を受けています。しかし、オンライン教育ツールやネット環境の整備のみではテクノロジーの「増幅の法則」の観点から、効果的な使用の為の能力構築を考える必要があります。テクノロジーと向き合う人材育成は、教育や生産性の格差を縮小するために世界全体で取り組むべき課題であるといえます。
参考文献
- Deming, D. J. (2015) “The growing importance of social skills in the labor market”, NBER Working Paper 21473.
- Economist. (2005) The real digital divide. May 10, 2005.
- Frey, C. B. and M. A. Osborne (2013) “The future of employment: How substitutable are jobs to computerisation?”, Oxford Martin School Working Paper No. 7.
- Kanigel, R. (1986) APPRENTICE TO GENIUS: The Making of a Scientific Dynasty. Macmillan. (熊倉鴻之介訳(2020)『メンター・チェーン:ノーベル賞科学者の徒弟の絆』工作舎)
- Toyama, K. (2015) Geek Heresy: Rescuing Social Change from the Cult of Technology. Perseus Books. (松本裕訳 (2016)『テクノロジーは貧困を救わない』みすず書房)
- Weinberger, C. J. (2014) “The increasing complementarity between cognitive and social skills”, The Review of Economics and Statistics,96(5): 849-861.