Hot Issues of Skills Development

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SKY[Skills and Knowledge for Youth] ホーム Hot Issues of Skills Development 金融包摂とモバイルマネー

金融包摂とモバイルマネー 山崎裕次郎

 金融包摂という言葉が2000年ころからよく聞かれるようになり、その概念がSDGsにも組み込まれています。世界銀行によると、金融包摂とは、「全ての人々が、経済活動のチャンスを捉えるため、また経済的に不安定な状況を軽減するために必要とされる金融サービスにアクセスでき、またはそれを利用できる状況」と定義されています。

 これまで、途上国の貧困層の多くは銀行口座を持たず、地元の金貸しや個人間の貸借り、貯蓄グループなどインフォーマルな金融手段に依存していました。このようなインフォーマルな金融手段は、必ずしも金利が高いというわけではありませんが、取引コスト(金利の他、貸し借りのための移動手段に係る費用や送金費用、お金を得るまでの日数、お金を得るための交渉コスト)が高く、必要な時に必要な金額を調達することが出来ませんでした。

 モバイルマネーは、取引コストを大幅に下げることに成功し、世界中の金融包摂を一気に押し上げました。モバイル口座を保有している成人の割合は、2011年の51%から2014年には62%、2017年には69%(38億人)に達しました(世界銀行, 2017)。それに伴い、途上国の金融取引の形態も著しく変化しました。例えば、ケニアではモバイルマネーの普及によりこれまでの社会的金融ネットワーク(付払い、賃金の前借、バスや友人による送金、貯蓄グループ等)が急速に減少し、モバイルマネーによる送金が著しく増えました(Mbiti & Weil, 2011; Isamilov, et al., 2019)(送金が家族や友人間であることを考えると、取引自体はインフォーマルと言えるかもしれません)。またモバイルマネーの利用により、個人レベルでのリスクへのレジリエンスが向上し、収入や気候による悪影響のもとでも消費が減少しなかったことを示す研究も多数あります(Jack & Suri, 2014; Abiona & Koppensteiner, 2018; Riley, 2019; Batista & Vicente, 2019)。そのほか、直近のコロナの影響においては、モバイルマネーによる募金活動や低所得者への金融支援を行っているグループもあり、貧困層が更なる貧困に陥らないための手助けとなっています(Mugema, 2020)。

 しかしながら、モバイルマネーを取り巻く知識・技能格差が2つの層で生じています。一つ目に、ユーザー間のレベルで生じています。モバイルマネーによる包摂は依然として、全ての人に新たな金融手段をもたらしたわけではありません。多くの貧困層が金融サービスにアクセスできるようになった一方、アクセスを持たない最貧困層が存在し、学歴が無く、女性であることも示されています(Dubus & Hove, 2017)。このことは、Cowen(2013)が技術革新の進む現代に警鐘を鳴らした、技術を駆使する者と追いつかない者が二分され、技術への知識格差によって最貧困層の格差を広げてしまうという指摘に重なります。

 二つ目に新しい技術の開発能力と使用能力の乖離から知識格差が生じています。Bhagavan (1990)は、技術革新が進むにつれ、新しい技術の開発能力と使用能力における難易に差が生じていることから、新しい技術を使用するのみの人々は、その技術開発のための知識はキャッチアップしていないと指摘しています。先述の通りモバイルマネーは、金融包摂のために誰でも使用しやすく汎用的になることを目指す一方、その技術開発には高度な知識を要するので、サービスを開発のための能力とサービスを利用するための能力の間で難易度が乖離しています。

 さらに、モバイルマネーのようなデジタルサービスは、1つのサービスが根付くと、ユーザーはそのサービスに慣れ親しみ、他の企業は競合相手として参入しづらくなり、”Winner takes all”となるため、1つの企業に技術革新の知識が集中し続け、知識の独占状態が生じてしまいます。このような観点から、モバイルマネーの普及は金融包摂の側面では多大な恩恵を施した一方、技術革新を引き起こすアクターとサービスを受けるユーザーの間で生じた知識・技能的な格差を埋めていくことも今後考える必要があります

 

参考文献

  • Abiona, O., & Koppensteiner, M. F., 2018. “Financial Inclusion, Shocks, and Poverty: Evidence from the Expansion of Mobile Money in Tanzania.” IZA Discussion Paper Series. IZA DP No. 11928.
  • Bhagavan, M. R., 1990. Technological Advance in the Third World: Strategies and Prospects. Zed book: London.
  • Batista, C., & Vicente, P. C., 2018. “Is Mobile Money Changing Rural Africa? Evidence from a Field Experiment.” NOVAFRICA Working Paper Series wp1805.
  • Cowen T. 2013. Average Is Over: Powering America Beyond the Age of the Great Stagnation. New York: Dutton.
  • Dubus, A., & van Hove, L. 2017. “M-PESA and financial inclusion in Kenya: Of paying comes saving?” Sustainability 2019. 11(3). 568.
  • Ismailov, A., Kimaro, A. B., & Naito, H. 2019. “The Effect of Mobile Money Usage on Borrowing, Saving, and Receiving Remittances: Evidence from Tanzania.” Tsukuba Economics Working Papers 2019-002. Economics, Graduate School of Humanities and Social Sciences, University of Tsukuba.
  • Jack, W., & Suri, T. 2014. “Risk Sharing and Transactions Costs: Evidence from Kenya’s Mobile Money Revolution.” The American Economic Review. 104(1): 46.
  • Mbiti, I., & Weil, D. N. 2011. “Mobile Banking: The Impact of M-Pesa in Kenya.” NBER Working Papers 17129. National Bureau of Economic Research, Inc.