Hot Issues of Skills Development

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SKY[Skills and Knowledge for Youth] ホーム Hot Issues of Skills Development 内生的産業発展モデルと人材育成

内生的産業発展モデルと人材育成 山崎裕次郎

産業集積としての産業発展の過程は、各国で違いはあるものの、ある程度共通性を持つことを園部(2006)は「内生的産業発展モデル」として体系的にまとめました。このモデルでは、産業発展は①始発期、②量的拡大期、③質的向上期といった段階的な発展をすると説明しています。今回はこのモデルについて説明し、それぞれの段階において、どのような人材育成が効果的な産業発展を導くのかを考えていきます。

①始発期における経験による学習

 ある地域で新規の産業が始まる時、多くは外国など外から技術の輸入から始まります。海外の製品や機械を分解して構造を学んでいくリバース・エンジニアリングにより製品の製造のための構造を理解していきます。日本のオートバイもアメリカやドイツの製品のリバース・エンジニアリングによる徹底的な模倣から生まれたと言われています(大塚&園部、2004)。外からの製品の模倣の段階では、その製品製造に関する技能を有する人材が不足しており、試行錯誤をしながら技能を習得するような経験による学習が重要となってきます。また、製品製造にあたっての原材料の調達先、販売のための顧客創出といった製品製造に対する供給と需要を探していくことも必要とされています。そのため、学校教育のような体系的な知識よりも現場の製造に関する知識、情報が重要であります。

②量的拡大期における特化した技能習得

 始発期の製品が高利潤をもち、他の人々も模倣的に生産を行い始めると、派生現象として、同様の製品を模倣した同業者、ある部品の生産に特化した新たな企業が出現し始めます。このようなスピンオフ企業が増えると、部品生産に特化、販売に特化など企業間での分業が起き、各労働者はサーチや模倣、製造プロセスの全体を統括する必要がなくなることから、素人でも参入がしやすくなり、参入後に一つの労働に従事することから熟練労働者の数が増え、当該地域は人的資源が豊富になります。量的拡大の時期では、製品の生産数を当該地域で分業していくことから、現場全体を俯瞰する知識ではなく、ある一つの作業に特化した技能形成が重要となります。この時期においては職業訓練校によるある分野に特化した技能が効果的であるといえます。一方、量的拡大期では、生産数の増加に伴い、価格競争による価格低下、原材料の価格引き上げが起き、採算性が始発期に比べて取れなくなります。

③質的向上期における専門的知識

 価格競争により利潤が低くなり、大量生産をし、製品の質の低下を招くと、当該地域がAkerlof(1970)のいう「レモン市場」に直面します。レモンとはアメリカで欠陥のある中古車を呼ぶスラングであり、質の低い製品ばかり産出すると、顧客は「粗悪品を売りつけようとしているのではないか」と疑ってしまい、当該企業または地域の製品需要がなくなることを指します。このような問題を避けるべく、各企業は質の改善に取り組むのが、質的向上期です。この時期においては製品の質の向上のみならず、生産方法や組織構造、新たな市場開拓を含むSchumpeter (1912)のいう「革新」が必要となります。この時期には、製品の質向上に向けた熟練労働者のみならず、企業を俯瞰して多面的に新たな航路を見つける人材も必要となります。革新によって企業の質向上をする段階では、低級品を生産し続ける企業が淘汰され、量的拡大期に比べ当該地域の企業数が減少する例が先進国においてみられてきました(Klepper & Simons 2005)。質的向上期における重要な人材像は、技術や市場分析、組織構造についての専門的な知見の全体像を理解して実践する者であり、高水準の教育を受けた人になります。

 このように、始発期においては、現場における技能の重要性が指摘され、学校などの教育機関で学ぶ知識に関する重要性があまり指摘されないですが、量的拡大期における必要とされる技能が明確になる時期においては、特化した能力を持つことが重要であることから、職業訓練校における学習も重視されます。そして質的向上期においては、専門知識を咀嚼して俯瞰的に企業をみていくことが注力されていることから、高等教育を受けた人材の重要性が指摘されています。最後の段階においては現場における技能ではなく、脱文脈化された知識が必要とされることから、高等教育を受けた人材が注目されますが、高等教育という学歴に偏重する議論になりがちであり、実際に何を学んだのかという中身について深める必要があることは、日本を含む世界各国が直面する今後の問いであるといえます。

References

  • Akerlof, G. A. (1970) “The Market for ‘Lemons’: Quality Uncertainty and the Market Mecanism,” Quaeterly Journal of Economics84 (3) pp. 488-500.
  • Klepper, S. and K. L. Simons (2005) “Industry Shakeouts and Technological Change,” International Journal of Industrial Organization 23 (1) pp. 23-43.
  • Schumpeter, J.A. (1912) The Theory of Economic Development, Oxford University Press.
  • 園部哲史 (2006)「産業集積と市場」澤田・園部編『市場と経済発展 途上国における貧困削減に向けて』東洋経済新報社 pp. 63 – 89.
  • 園部哲史・大塚啓二郎(2004)『産業発展のルーツと戦略:日中台の経験に学ぶ』知泉書館.