双子のスキルギャップ-「なりたい私」と学校が教えたい内容山田肖子
前回のエッセイ(https://skills-for-development.com/essay/fkgskm)でも述べたように、学校教育を終えて仕事を探す人々の能力と、人材を探している雇用者の期待が合わないのは、産業人材の需給間の不整合が起きているからである。その不整合には、学校教育歴の長さ(学歴)という、いわゆる「縦のギャップ」と、能力の内容が労働市場の要請に合わないという、内容面での不整合(「横のギャップ」)がある。この縦と横のギャップは、別の言い方をすると、就職活動の前に受けた学校教育(就業前教育)の長さと、求職者が持っている知識という2つの異なる切り口でのギャップの捉え方であり、学校教育を受けたかどうかと知識の多寡や質は異なる事柄であることを示している。
学校教育の年数に焦点を当てると、前回議論したように、労働市場とのギャップは、過剰もしくは過少教育の問題としてとらえられる。その理由としては、多くの人々や国の政策決定を担う官僚などにとって、人材を育てる方法として学校教育が最も思いつきやすいからだと言える。同時に、こうした発想は、学問的な方法によっても強化されてきた。人材を、国の発展に貢献したり、個人の所得を向上させたりするための資本の一つと捉える「人的資本論」を基にした多くの研究は、学校教育の年数や専攻分野を「人材の能力」を表す指標として用いてきた。
しかし近年、人的資本の労働市場成果を計測する統計モデルにおいても、人材の能力(Skills)と教育歴(Years of schooling)の指標は区別すべきだとの見解が多く示されるようになっている(Green and McIntosh 2009; Pellizzari and Fichen 2017など)。実際、我々SKYプロジェクトの分析でも、学校教育歴は就業時に雇用者が求職者を選ぶ基準としての影響力は強いものの、人材の能力は必ずしもそれに連動していないことが分かっている(Yamada and Otchia forthcoming)。
さて、このように、学校教育を受けたか受けないか、という外形標準だけではスキルギャップの一面しかとらえられず、スキルギャップの実像をとらえ、的確な対策を打つためには、人材の「能力」の実像をとらえることが不可欠である。つまり、労働市場(雇用者)が求めている能力と供給側が必要と考えている能力のギャップを可視化するということである。しかし、ここで問題になるのが、供給側とは誰のことなのか、という疑問である。
労働経済学の考え方によれば、労働市場では、雇用者が、一定の属性を持った労働者について、「多分このぐらいの仕事の能力があるだろう」と予想し、それに基づいて仕事が与えられ、その対価としての賃金が支払われる。高い専門性や業務能力があると見込まれれば、雇用の機会は拡大し、就業後に雇用者の期待に沿った働きをすれば昇進や昇給といったインセンティブが与えられる。この場合、労働者の能力と雇用者が払う賃金が直接的に交換されることが想定され、労働力の供給側は労働者で、需要側は雇用者ということになる。
ただし、人材育成に関する議論では、こうした労働経済学の考え方と実態の間に若干ズレが生じる。学校教育を経て労働市場に出る人材を供給しているのは教育訓練を行う機関(職業訓練校や高校、大学など)であるが、特に途上国の場合、これらの機関で行われる教育の内容や方針は、政府の人材育成計画に基づいて決定されることが多い。このような場合、人材のスキルギャップに関する議論は、国家の開発戦略として行っている人材育成が、雇用主の期待に合っていないのではないか、もし合っていないなら、政策やカリキュラムをどのように修正すればいいのか、という問題意識につながっている。
従って、産業人材に対する労働市場からの需要については、学歴に基づく縦のギャップだけでなく、能力の内容から見た横のギャップも見なければいけないのだが、後者の場合でも、(1)労働者自身が就きたい仕事や、そのために必要だと思っている能力と雇用者が必要としている能力のギャップと、(2)人材を育成する機関や教員が重要と考える能力と雇用者が必要とする能力のギャップ、という二重の需給ギャップが存在し得、それらが両方調整されなければ産業人材の効果的な育成につながらないのである。
たとえば、我々がエチオピアの職業訓練校(日本の高専に相当する中等教育段階の学校)での調査(Yamada and Otchia 2020)では、生徒は卒業後に起業して自ら事業主となることを希望している者が多く、そのために必要は経営、組織運営の知識や、学校で専攻した分野(我々の事例では縫製業)の製造技術だけでなく、デザインやマーケティングまで含めた知識を身に付けたいと望む傾向が見られた。それに対し、同じ学校の教師たちは、生徒が卒業後に起業するための指導をすることが重要とは考えておらず、工場の生産ラインなどで求められるミシン縫いや型紙づくり、服のサイズの計測など、ものづくりに直結した手作業の技術に焦点を当てる傾向が強かった。特に、年齢が比較的高い、新しい教育方法の研修を受けていない、産業界との接点が少ないといった教員にこうした手作業の技術を重視する傾向が見られたことから、教員の中には、同じ仕事を何年も繰り返すうち、生徒のキャリア形成への願望や労働市場のニーズの変化に教育内容が連動すべきという認識が薄くなっているものがいると思われた。
この調査結果は、エチオピアという国の事例であり、一般化できない部分もあるが、生徒の「なりたい自分」と教師や学校が教えたい内容とは乖離が生じることが少なくなく、それが労働市場との関係性の中で双子のギャップを生み出していると言えるだろう。
参考文献
- Green, Francis and Steven McIntosh (2009). Is there a genuine under-utilization of skills amongst the over-qualified?, Applied Economics, vol. 39, no. 4, pp. 427-439.
- Pellizzari, Michele and Anne Fichen (2017). A New Measure of Skill Mismatch: Theory and Evidence from PIAAC, IZA Journal of Labor Economics, vol. 6 no. 1, pp. 1-30.
- Yamada, Shoko and Christian Otchia (2021 forthcoming). “Differential Effects of Schooling and Cognitive and Noncognitive Skills on Labor Market Outcomes: The Case of the Garment Industry in Ethiopia” International Journal of Training and Development.
- Yamada, Shoko and Christian Otchia (2020). “Perception Gaps on Employable Skills between Technical and Vocational Education and Training (TVET) Teachers and Students, and Their Causes: The Case of the Garment Sector in Ethiopia”. Higher education, skills, and work-related learning.
- 山田肖子・大野泉(2021)『序章-今なぜ途上国の産業人材育成か』山田肖子・大野泉編「途上国の産業人材育成-SDGs時代の知識と技能」日本評論社.