#3 プロジェクトメンバー

近藤 菜月

非認知能力というレンズを通して、
制度やカテゴリーを越境する個人をとらえる

▼Scroll

SKY[Skills and Knowledge for Youth] ホーム Interview

■ SKYプロジェクトでの研究について

-SKYに参加したきっかけを教えてください。

プロジェクトリーダーである山田先生は博論執筆時の指導教官で、そのご縁があって参加しました。
プロジェクトの内容に関しては、「人の能力」へのアプローチが面白いと思いました。
近年、教育開発分野では、人の能力は学歴・学力だけではとらえられないという議論が盛んです。「非認知能力」や「コンピテンス」等、様々な概念が登場し、能力概念の氾濫とも言えるほどですが、特定の職業や就労状況においてどういった能力がどう寄与するかといった具体的な知見は多くなく、特に、途上国を対象とした研究は限られています。
SKYでは、試験や質問紙から構成される独自の技能評価モジュールを開発しています。このモジュールによって、労働者や学生の能力を多面的に分析するデータセットが準備され、どの能力がどのような成果と関係が深いか、「何かの能力が高い」ことは他のどんな能力に支えられているかといった、「能力の解剖」的な分析をすることができます。

- 途上国の職業教育にはどんな特徴がありますか?

労働市場で仕事を得ようとするとき、しばしば実際の技能よりも学歴が、その人の能力を間接的に示すシグナルとして機能することは私達も経験上知っている通りです。
しかし、「学歴があれば良い職が得られる」という見込みが先進国で成立するのは成熟した労働市場があるからで、ホワイトカラーの雇用が十分にない途上国では、学歴のインフレによる「若者の失業」が深刻です。そうした背景から、仕事に直結する職業教育への注目は高まっています。
途上国では、職業教育の場として、徒弟制度などが主要な技能形成の場の一つになっていることも特徴です(山崎さんのインタビューも参照)。
親方が率いる作業場に弟子入りし、働きながら技能を身につけていく徒弟制度は、フォーマルな制度としての学校教育に対して、「インフォーマル」な技能形成の場といえます。

-「インフォーマル」とはどのようなものでしょうか?

十分に制度化されていない領域のことで、経済活動で「インフォーマル・セクター」というと、政府に経済活動として登録されておらず、統計にも表れない、零細な経済活動を指します。
従来、インフォーマル・セクターは、技能が低く、収入の不安定な領域として課題視されてきましたが、アフリカ社会では、雇用創出や技能形成の重要な場として機能している側面もあります。
我々の調査でも、「徒弟制度で技術を磨いた後、職業訓練校の卒業資格を得て、工場で働いてネットワークを広げ、インフォーマル・セクターで起業する」というように、つぎはぎ的にキャリアを選択する例がみられます。制度の外側や、制度間を行き来しながら、学んだり働いたりする人々の活動の実態が見えてきます。

-研究として、学歴や学力以外の側面にどのようにアプローチするのでしょうか。

SKYプロジェクトでも注目している非認知能力は、ひとつの方法だと思います。非認知能力は、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者ヘックマンが論文で使用したことで有名になった概念で、性格特性や社会関係スキルなどを指します。ただし、「非~」という名前からもわかるように、学力や学歴といった認知能力以外のあらゆる能力を指すため、概念定義が曖昧で、正面から理解しようとすると足を掬われるようなところがあります。(非認知能力についてはSKYプロジェクトをベースに出版された『途上国の産業人材育成』(日本評論社)第2章でも説明しています。)

-非認知能力について、SKYはどのようにとらえていますか?

先述したヘックマンの論文をはじめとする教育経済学では、「経済的成功に寄与する」普遍的属性としての非認知能力(「粘り強さ」など)を抽出する傾向にあります。
これに対してSKYでは、どのような性質が「能力」として評価されるかは、特定のコンテクストに依存すると考えます。例えば、工場で高い収入を得る人と、インフォーマル・セクターの自営業者として成功する人の非認知能力は同じではないかもしれません。能力の内容と文脈、成果の結びつきを個別具体的に見る必要があります。
「どのように訓練するか」で言えば、既存の方法は「問題解決能力とは何か」、「コミュニケーション能力とは何か」を講義形式で教えるアプローチが多いようです。これは非認知的なものを認知的に教えていることになり、実践的レベルで定着するかは疑問です。SKYでは、講義形式とは異なる、新しい訓練アプローチの開発にも取り組んでいるので、これからの活動を楽しみにしていただけたらと思います。

■ 途上国と先進国

-アフリカには長く携わってらっしゃいますか?

学生時代からガーナで調査をしてきました。
博士論文では、80年代の冷戦期に起きた「革命」運動への参加者のライフストーリーを調査しました。
「革命」以前、農村コミュニティは首長や年長者を頂点とするヒエラルキカルな伝統社会で、若者の発言力は弱かった。70年代に農村部に学校教育が広まり始めると、若者同士が集まったり、村外に進学したりして、大人たちとは違う、新しい発想・価値観が芽生えました。若者らは各コミュニティで組織化を始め、ミーティングを開催したり、道路や共同農地を作ったりしましたが、年長者からの反発にあうことも多く、活動がままならなかった。
そうした中で「革命」が起きました。「革命」は若者の連帯と社会変革を志向していたので、若者はこれをチャンスととらえ、「革命」と繋がることで活動への追い風を得ようとしました。その結果、首都から遠く離れた農村部にも運動が広がりました。
私の用いたライフストーリーという手法は、当事者の視点から物事を捉えることで、個々人の意識というミクロな次元と、マクロな客観的事象との関係が立体的に見えてくるのが魅力でした。

-若者たちの価値観はどのようにして変化したのでしょうか?

コミュニティの外の世界に触れたことで、それまでに内面化された伝統的価値観が相対化され、「違う現実」があると知覚したことに出発点があったと思います。
違う価値観を行き来し、「ここにも、あそこにも包摂されきらない」という経験をすることは、「自分はどうありたいか」の選択可能性が高まることに繋がります。
現在の途上国でも、伝統的な共同体があり、急速な資本主義化があり、ICT化もグローバル化もあるという複雑な状況があります。個人はそうした異なるコンテクストを越境し、「これ」でありながら「それ」でもあるという多元性をもっています。
研究や政策ではどうしても特定のカテゴリーが切り取られる傾向にありますが、インフォーマル・セクターの例でもお話ししたように、個々人は特定の制度・カテゴリーに内包されたり、はみ出たりしながら生きています。グローバル化や情報化により複雑化する現代においては特に、そうした前後関係や越境が生むダイナミクスにも目を向ける必要があると思っています。
博論ではライフストーリーという質的な研究方法を用いましたが、今後は、量的研究方法を用いて、プロセスや時間的推移をうまく捉える方法を探ってみたいです。

-そのような状況は途上国に限られるものでしょうか?

途上国の人々の生き方を考察することを通して、先進国に生きている我々にとっても重要なテーマが見えてくると思っています。例えば今後、労働市場における「学歴」の価値が限定的になるかもしれませんし、「ある領域で権威づけられた証明書を持っていても、別の領域では評価されない」ことが増えるかもしれません。
デジタル化の進展などにより、途上国に限らず先進国でも、社会保障制度の枠外のインフォーマルな活動が拡大していく可能性もあります。制度化された安定的な領域の不安定化は、先進国社会に住む我々にとっては不安を高める要因になりますが、そもそもインフォーマルな活動になじみのある途上国の人々は、変化への適応も早いように思います。
今後も、貧困などの開発課題の解決に向けた取り組みが必要であると同時に、様々な経験・ネットワークを駆使して広くチャンスを見出す途上国の人々の在り方から、我々が得られる気づきもあるのではと思っています。

■ SKYプロジェクトについて

-SKYはどんなプロジェクトですか?

メンバーが興味・関心を自由に追求できるプロジェクトだと思います。やりたいことがある人を長い目で見て、必要なスキルは後から身に着ければ良しという、おおらかなスタンスが有難いです。私はSKYプロジェクトに参加するまで統計分析の経験はありませんでした。学会発表やレポートの仕方、専門知識、文献レビューのやり方など、色々なことを学ばせていただきながらプロジェクトに参加しています。

-これからどんなことをしたいですか?

SKYの取り組みを発信できる成果を出していきたいと思います。
個人的には、途上国の人たちの営みを通して、自分たちの生き方や価値観についても新しい視点から考えられるような研究をしていきたいです。「支援」というより、「不確実性が高い現代社会の生き方について一緒に考える」というスタンスかなと思っています。
興味の範囲は「教育」や「アフリカ」からついはみ出がちですが、研究者という職業を隠れ蓑に、色んなことに首を突っ込みつつ、勉強していきたいです。

近藤 菜月

専門:地域研究(アフリカ)、理解社会学、キャリア形成と技能

所属:名古屋大学 大学院国際開発研究科 特任助教

経歴:名古屋大学 大学院国際開発研究科 博士課程修了。その後同研究員を経て、2021年より現職。