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SKY[Skills and Knowledge for Youth] ホーム Essay 途上国のスキル・ギャップと新しい知識観

途上国のスキル・ギャップと新しい知識観山田肖子

いま、人材の能力とは何か、という疑問がグローバルに問われ直している。従来は、少しでも長い年数、偏差値や知名度の高い学校に通えば、人材としての能力が向上して社会の発展に貢献するし、学んだ当人にとっても望ましい就業の機会が拡大すると広く信じられてきた。しかし、社会や技術の変化が激しい現代では、学校を卒業した後も新しい知識を学び続けなければ時代の要請に合った仕事をすることもできないし、何かの資格があればその分野の専門家でい続けられるかも定かではない。言い方を変えれば、「専門家」や「有識者」というお墨付きを与える資格や学位を取得しても、当人が常にアップグレードしていなければ、社会がその肩書に対して期待する専門性や能力に合わなくなってしまうリスクが高まっている。

こうした状況を受けて、学校の教科書に記載された内容を多く正確に身に付けていることより、学んだ知識を当てはめて、仕事の場や実生活で問題解決ができる能力こそが重要なのではないか、という新しい知識観が世界的に広がっている。また、個人の生涯学習の必要性がうたわれる一方、学校教育が雇用側の需要に合った人材を育てられていないという批判も多く聞かれるのである。新しい知識観に基づいて教育自体を見直さなければいけない、との共通認識が、日本で2020年度(2021年1月)から導入が予定されている大学入試改革にもつながっているのである。

この議論は先進国だけのものなのだろうか。アフリカ、南アジアをはじめとする開発途上国の中には、ヨーロッパや日本などの先進国よりも目覚ましい成長を遂げる国が少なくない 。これらの国々の中には、2020年代中に中所得国になることを国家開発目標とする国が多くあり 、その目標を達成するために、産業人材の育成に予算や政策的重点を置いている。それぞれの国の産業の可能性に応じて、重点を置く産業は、輸出型の製造業、農産物加工、鉱業、観光業などと異なるものの、その産業を担う人材を育成するため、中等、高等教育レベルでの職業・専門課程に力を入れているのである。これに対して、世界銀行や日本やドイツなどをはじめとした援助国・機関も多くの支援を提供している。2020年のコロナ禍で世界の成長展望は大きく変貌したが、そうした先の見えない状況だからこそ、ビジネス環境を予見し、それに基づいて早急に産業振興や雇用について検討していく必要がある。

どの国も最初に着手するのは、重点産業に関連した教育課程に多くの予算や教員を配置することだろう。実際、SKYプロジェクトが活動しているエチオピアでは、職業技術教育・訓練(Technical and Vocational Education and Training: TVET)課程の教員及び生徒数は90年代の半ばから年率30%程度で増加している(Krishnan and Shaorshadze 2013)。しかし、そのようにTVETを拡大させる国々で常に聞かれるのは、学校教育と産業界のギャップ、もっと具体的には、学校卒業者が就労後に必要とされる知識・スキルを身に付けていない、学校側が産業界のニーズをくみ取れていない、という批判なのである(例えば、Allen and van der Velden 2013; Kleibrink 2013)。こうした批判はあまりにも広く流布しているため、近年では、スキル・ギャップ、スキル・ミスマッチといった表現が様々な場で使われているのだ。

途上国のスキル・ギャップの根本的な問題認識が、日本の大学入試改革に通底していると言ったら驚く人もいるかもしれない。しかし、学校の“教える論理”と実社会で必要な知識がかみ合わない、本当に必要なのは使える知識、問題解決できる知識だ、という点で、これらはグローバルに共有された価値観が、社会の状況によって形を変えて表出しているに過ぎないとも言えるのである。人材の能力は、グローバル化し、一つの産業や国の中で生産と消費が完結しない、新しい発想で新しい需要やそれに対する応え方が常に模索される中で、途上国-先進国といった二項対立を超えた地球規模の課題となっている。また、今後、デジタル化を含め技術革新により労働市場や仕事の内容が大きく変化することが予想され、求められるスキルも変わってくる可能性がある(世界銀行 2020)。
同時に、制度的条件や予算に限りがある途上国政府が、急速な成長を志向して力を注ぐ産業人材育成のための諸策については、その成果に対する期待と依存度が先進国とは比べ物にならないほど高いことはご想像いただけるだろう。

 

 

  • Allen, J., Levels, M., & van der Velden, R. (2013). Skill mismatch and skill use in developed countries: Evidence from the PIAAC study (ROA Research Memoranda, No. 017). Maastricht, Netherlands: Research Centre for Education and the Labour Market.
  • Kleibrink, J. (2013). Causal effects of educational mismatch in the labour market (Ruhr Economic Papers No. 421). Bochum, Germany: Ruhr-University.
  • Krishnan, P., Shaorshadze, I. (2013) Technical and Vocational Education and Training in Ethiopia. London: International Growth Centre, London School of Economics and Political Science.
  • 世界銀行(2020)『世銀開発報告2019:仕事の本質の変化』、海南市:一灯舎。