#5 プロジェクトメンバー

クリスチャン・
オチア

ソフトスキルで「収入」が上がる?
-現場にも政策立案にも寄与できる経済学研究

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SKY[Skills and Knowledge for Youth] ホーム Interview

・専門分野について教えてください。

専門は経済学です。コンゴでは計量経済学を学び、統計や数学モデルについて研究しました。名古屋大学大学院国際開発研究科(GSID)に来てからは開発経済学を学びました。
開発という領域は人間に近く、研究がうまくいけば誰かの生活が良くなります。以前は数学的な手法、アブストラクトなものが好きでしたが、「データをとって、分析して、報告して、改善する」という開発のプロセスはとても面白く、特に開発のデータ分析はやりがいがあります。

・SKYプロジェクトに関わったきっかけはなんですか?

学生時代、「収入」を研究テーマの1つとしていて、人々がどのくらい給料をもらっているか、そのためにどのくらい勉強したかを調べていました。博士論文では「高い給料を得るにはスキルが大事」と書いたものの、スキルについて細かく言うことはできませんでした。
経済学でも「スキルは大事」と考える人は多いですが、それは主に学歴を見ていて、具体的な能力までは見ていません。一方でアフリカに進出した企業はスキルを持った人を探すのに困っています。でもどう困っているか聞いても難しいんですね。企業の人、つまり雇用者は「スキル」を具体的にどう測ればよいのかがよくわかっていないので、的確な雇用ができません。ですからそのブリッジをしたいという思いがありました。その頃、「スキルをテーマにSKYというプロジェクトをやっているよ」と山田先生から声をかけていただいて、喜んでやりたいと申し出ました。

・SKYプロジェクトで最初に取り組んだことは何でしたか?

まずは「スキルって何だろう」という話から、それをどう計測するか考え、技能評価のための質問用紙を作ることにしました。これが本当に難しくて、参考になる先行研究が無いので、研究者だけでなく企業の専門家など色々なところから意見をもらって作りました。それを使った最初の調査も難しかったです。エチオピアの縫製業を対象にしたのですが、エチオピアで研究するのは初めてで、調査の準備をしたのに急にこられなくなった人が多かったんです。電話をしても「忙しい」とか「新しい注文があったからいけない」とか。

・調査をするのは難しいことも多いんですね。

でも自分が現場に出てデータを取るのは面白いですよ。その調査の分析をしたら、学歴は給料に影響がなかったんですが、協調性や誠実さ、時間管理能力などのソフトスキルは影響が凄くありました。その結果を現地で報告すると、工場のマネージャーは「確かにうちの従業員もよく遅刻する」「みんな仕事中におしゃべりをしている」と言うんです。これは面白いなと思いました。調べてみると、ソフトスキルに関する論文はありましたが、アフリカを対象としたものは無かったので、私はSKYプロジェクトでソフトスキルに力を入れてみようと決めました。

・現場での調査がプロジェクトの方向性を決めたんですね。

経済学ではデータをインターネットからダウンロードして分析することも多いですが、SKYプロジェクトでは現場に行くチャンスがあります。自分で考えて、自分の調査をして、自分のアイディアを形にできる。それにSKYプロジェクトでは政府の政策に関われる。初期にエチオピアのプロジェクトが進んだのも、政府の課題と私たちのプロジェクトが合致したからです。論文を書くだけではなく、政府の課題や政策について話を聞けるし、研究者としての意見も言えます。
研究は他の人にどんな影響を与えるかが大事で、使ってもらえるのが一番良いことだと思います。読者の皆さんの研究も、政府が求めているかもしれませんよ。

・政府機関との仕事で印象に残ったことはありますか?

「報告する」というプロセスを体験できたのは面白かったです。若い頃って「分析がうまい」って見せたいし、新しくてかっこいい分析を見せたいんですね。あるとき政府に報告する直前に、資料を見た山田先生から「これじゃあ政府には分からないよ」と言われたことがあります。分析はうまいけど、「メッセージは何?」と。私は分析もしゃべるのも自信がありましたが、その真ん中はあまり上手じゃありませんでした。研究のメッセージは何か、どう政策立案に役立つように翻訳するか、若い頃にこういう視点を持てたのは貴重なことでした。

・政府機関との協働は続いていますか?

報告するたびに次から次に課題が出てきて、「また研究しましょう」とプロジェクトが展開しました。エチオピアでは大臣が評価してくれて、政府関係者や専門家を交えたシンポジウムの開催を提案してくれました。その後、東京でもシンポジウムを開催したり、ドイツ国際協力公社(GIZ)とエチオピア政府が主催したシンポジウムに私と山田先生が呼ばれたりと、「エチオピアでスキルといえばSKYプロジェクトだ」という評価を頂けています。今でも政府からはアドバイスを求められますし、自分の国でもないのに政府から呼ばれて大きいステージで発表するなんて、「これは専門家になったな」と思いました(笑) 。自分でも大きなアチーブメントだと感じています。

■ SKYの活動について

・SKYでの研究活動はどんなものでしたか?

名古屋大学の部屋が使えたので、そこで谷口先生や島津先生と調査の準備をしたり、分析をしたり、レビューをしたり、毎日「スキルってなんだ」という話をしていました。おふたりは教育学がご専門ですが、統計の話もわかるので、専門家として話がしやすかったです。
最初の調査のあとで質問用紙を作り直すとき、それぞれができることを持ち寄って進めていきました。島津先生にはスキルを整理してもらったり、谷口先生には必要な分析をしてもらったり。

・多分野の研究者とのプロジェクトはいかがでしたか?

最初は分野も方法も違うので、一緒にやるのは難しいかなと思いましたが、自分にはできないことをメンバーがやってくれました。みんなで意見を出し合って、得意な人に「ここ作って!」とお願いしたり、現地調査に行けないときには別の人にカバーしてもらったり、直すときはまたみんなでディスカッションしたり。チームで分担して、チームで働くことが一番よい点でした。出来たプロダクトを見ると特にそう感じます。私のソフトスキルの質問、谷口先生の数学の質問、山田先生の教授法の質問。学生向けの質問、先生向けの質問、それぞれの興味で作ったから面白いものができました。形にするのに時間がかかったし、困難もありましたが、これはチームの成果物。みんなで意見を入れてできた、みんなで楽しみながら作ったものだと思っています。

・チームの雰囲気が良いんだな、ということが伝わります。

ミーティングは楽しかったですね。プロジェクトに貢献できる喜びもありましたし、メンバーのアイディアから学べました。ここで教育の話をたくさん聞いたおかげで、教育の専門家とも話ができるようになり、ときどき教育専門家だと思われることもあります。今でも別の分野の人と話をしているとき、「どんな研究を一緒にできるかな」と考えるのが面白いです。
リーダーの山田先生はいつもプロジェクトの方向性は出しましたが、「どうやるか」は言いませんでした。「やれ」とも言わないんです。方法はメンバーみんなで考える。そして「どう思う、そうなんだ、じゃあやって」と(笑) 。アイディアを出せる環境を作り、そこで研究者やチームを育てるのが山田先生は上手ですね。

■ 今後の課題

・SKYプロジェクトの次の課題は何ですか?

ソフトスキルをどう学ぶか。先行研究では「ソフトスキルは大人になってからでも学べる」「大人になってからでは学べない」という2つの立場があります。私たちの研究では、TIVET通学歴やJICAのカイゼンプログラム受講歴の有無によってソフトスキルに差が出る、つまり「大人になってからでも学べる」という結果が出たんです。じゃあどうしたら教えられるのか。そこからボードゲームを作ることになりました。次は、そのゲームを体験することで収入が上がるかどうかを確認することが必要です。

・ソフトスキルを学ぶと生活が向上することが示される。

それを実現するには、ソフトスキルを学ぶことが収入につながる仕組みが重要です。エチオピアの縫製業には女性が多いのですが、男性が入るとスキルが低くても、もっとできる女性がいても、先に昇進します。エチオピアのコンテクストにおいて文化的に女性差別があるためですが、女性自身も「ミシン作業だけやるんだ」という意識があって、上に行きたがらないんですね。
ソフトスキルについても同じことが言えます。コミュニケーションスキルを高めても収入が上がらないのでは、スキル養成をした成果が少ない。文化的な制約を受けた考えを変えること、そのきっかけが必要です。
例えば産業パークに外国企業が来ると、優秀な女性をマネージャーに登用し、それがゲームチェンジャーになります。また世界銀行は女性活躍のロールモデルを動画で広めようとしています。女性がヒーローになるような体験をゲームでできたら、「私も上を目指しても良いかも」とメンタルチェンジできるかもしれません。

・国や文化の違いはソフトスキルと関連するでしょうか?

ベトナムに支社がある国際企業のマネージャーが、「どうもエチオピアは生産性が低い」と言うんです。同じ設備、同じマネージャーでも結果が違うのはソフトスキルの差なのではないか、とベトナム支社でも調査して比較してみようというアイディアがあります。
初期のSKYプロジェクトはアフリカに研究対象を絞りましたが、その後はアフリカに限らず大きく展開するのが面白いだろうと考えていました。どの国でもユニバーサルに使えるツールができたので、複数の国で比較するのは面白いですね。今のチームにはフィリピン、タイの研究者もいますし、すごく良い方向性だと思います。

・これからプロジェクトに参加する研究者に向けて、メッセージをお願いします。

私たちには道がたくさんありました。ソフトスキル、数学、英語、いろんな道があるなかで、調査して分析したらソフトスキルの道が見えてきました。
SKYは「プロジェクト」なので、次から次に課題が見つかります。SKYプロジェクトが次のレベルに行くために、ここからは新しいメンバーにも一緒に考えてほしいと思っています。
プロジェクトを進めるために必要なことをしたうえで、自分のアイディアも追究できるのがSKYプロジェクトの面白いところ。「それぞれにアイディアがあるから、お互いの意見を聞いて、方法を考えて、一緒にやりましょう」というスピリットがSKYプロジェクトにはあります。ぜひ自分のやりたい研究をSKYで追及してほしいと思います。

クリスチャン・
オチア

専門:政治経済学、労働経済学、経済開発学、経済モデルの開発、技能開発と企業成長

所属:名古屋大学 大学院国際開発研究科 准教授

経歴:名古屋大学 大学院国際開発研究科 博士課程修了。その後関西学院大学国際学部助教授を経て、2018年より現職。